あすなろコラム

~五月の風~ 2026.05.01

海を渡り~山を越え~広大な草原を走り~世界中を旅してきた風が、五月の陽だまりに、まばゆく光る新緑を優しく揺らしています。その風を水代わりにして元気に泳ぐ鯉のぼり。そして、どこまでも続く青空に浮かぶ白い雲は、吹く風に「今日はどこ行くの?」と行き先を尋ねながら、ゆっくりと流れていきます。

 

五月は皐月「さつき」とも呼ばれ、木々の緑が豊かに色濃く輝く季節です。ちなみに昭和生まれの人は、これを「五月みどり」といい、澄み切った美しい空に「ぴ~ひゃら」と鳴きながら高く舞うヒバリを「美空ひばり」いいます。「~♪あーあー 川の流れのよーうに♪~」

 

スベッたところで、気分を変えて、ベランダに佇んで空を見上げると、浮かぶ雲ひとつひとつに決して同じ形がないことに、あらためて気がつきます。そんな雲のように、その日ごとに違った様子や表情を見せてくれる子ども達。晴れた日の雲はふわふわ真っ白でも、雨の日にはどんより重そうに浮かんでいる。しかし、晴れても曇っても雨が降っても、空に浮かぶすべての雲をやさしく導く風のように、子ども達一人ひとりの心に寄り添っていければと思います。

 

そして、五月といえばゴールデンウィークですね。幼稚園はお休みの日が続きますが、外出先で吹く風が、やさしく子ども達に語りかけてくれるとしたら、その風はきっと幼稚園の先生達でしょう。「〇〇くん、今日どこで遊んでいるかなあ~?」とか「〇〇ちゃんは、何しているかなあ~?」という思いが、風に乗ってみんなのところへ運ばれる-そんな先生達の気持ちをしたためた「風の便り」を感じてくれたらうれしい限りです。

 

さて、博多の街では65回目を迎える博多どんたく港まつりが開催されます。今年は「どんたく復活80年」の節目の年らしく国内外から個性あふれる14団体の1,300名を超える多彩などんたく隊が参加するそうですが、実は-「な、ななんと!」このわたくしも「出るんです!!」しかしながら、何しろこの私‥根っからの小心者で恥ずかしがり屋さんなので、もしパレードで私を見かけた時は、どうかお構いなく、その場を通り過ぎる風のように素知らぬ対応をしていただき、間違っても「あっ!園長先生だ!」と叫ぶことなきよう切にお願いする次第でございます(笑)

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~春来る~ 2026.04.01

窓を開けると、ふんわりとした柔らかい風がレースのカーテンを靡(なび)かせながら、部屋中に春のぬくもりを届けてくれます。目覚めの季節にふさわしい陽光のシャワーを浴びながら両手を大きく伸ばして深呼吸すると、すべてが生まれ変わったような新鮮な気分に包まれる4月は、入園・入学や進級などの新しいスタートにもっともふさわしい時期である。―― と常々私は思います。

 

ちなみに、欧米の新学期と言えば9月ですから、昨今の日本の気候だと残暑厳しい折で「制服を着たとたんに‥あぢ~っ!」と感じる「汗だくの入園式や進級式」になってしまうことを思えば‥つくづく日本は穏やかな気候の春-4月でよかったと思いますよね。

 

さて、その春を人生にたとえるなら、やはり乳幼児期から学童期ぐらいになるのでしょうか。新しい生命が誕生し、陽だまりのような愛情にやさしく包まれながらスクスクと成長していく。いろんなものに興味を持ち、あらゆる経験を通して出来なかったことが出来るようになり、知らなかったことを知るようになり、生きる力がどんどんと養われていく。まさに生命の息吹に満ちた春を感じる時期なのです。その姿を想像しただけで幸せな気分になる子供の成長は、何物にも代え難い宝物ですね。今から1200年以上も前の万葉集にもこんな句が残されています。

 

銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(山上憶良)

(しろがねも くがねもたまも なにせむに まされるたから こにしかめやも)

金・銀・宝石などの高価な物でも、子供という宝物に比べたら何のことがあろうか

 

そして、春が子供なら夏はギンギンギラギラ若者世代、でもって秋から冬は‥以下省略(笑)。なので、毎年春が来ると、子供心に戻るというか、童心に帰るというか、遠足の前日のようなウキウキした気分になる。明日へと続く道を歩けば、あちらこちらに笑顔の花。仮に今日咲かなくても明日にはきっと‥。だから春とは明日につながる今日が楽しみな子供のような季節なのです。

 

もしも夜寝る前に「明日が楽しみ」と思える日をたくさん迎えられる生き方が出来るとしたなら、これほど幸せなことはありません。この春、新しいスタートを切ったすべての皆様が、一日でも早く、そして一日でも多く、そんなワクワクドキドキするような「今日そして明日」を迎えてくれることを心から願っております。

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~その壁を乗り越えろ~ 2026.03.01

それぞれの人生において、人はたくさんの壁に直面します。たとえばオギャーと生まれた赤ちゃんは、ほとんど何もできませんが、やがて言葉を発し、立ち上がって、自分で歩けるようになる。つまり最初は出来なかったことが、やがては出来るようになる。これを成長というのですが、そのためには必ず乗り越えなければならない壁があります。このコラムを読んでいる皆様方の今があるのも、きっと幾つもの壁を乗り越えてきたからこそ-ではないでしょうか。

 

陸上の競技にハードル走がありますが、私はこの競技が好きです。ランナーがハードルを次から次へと乗り越えてゴールを目指す。平たんなコースではなく、たくさんのハードルという障害が目の前に立ちはだかっているので、それらの壁を乗り越えて前へ前へ進むことがランナーに求められる。ぶつかってしまうこともある。つまずいてふらついたり転んだりすることもある。それでもけっして立ち止まらずに、ただひたすらに走り続ける-「当たって砕けろ!」という言葉がありますが、その意味が『立ちはだかる壁に向かって何度失敗したとしても、挑み続けろ』ということならば、ハードル走とは、まさに人生そのものだと私は思います。

 

つまり、壁を乗り越えれば、必ずそこにゴールがあるとすれば、目標を達成するための壁というものは、けっして邪魔なものではなく、自分自身の成長のために、なくてはならない存在であり、逆に、壁のない平たんな道には、苦しみや悩みはないが、喜びや感動、ましてや成長もないといえるでしょう。

 

「あなたは、なぜ、山にのぼるのか?」という質問に「そこに、山があるからだ」と答えたイギリスの伝説的登山家『ジョージ・マロリー』の言葉は有名ですが、なぜ人は生きていくのか、それは、そこに壁があるからで、人生とは壁を乗り越えて成長するためにあるのです。だから焦らず怯まず諦めずに目の前にある壁を乗り越えてほしい。そして成長してほしい。

 

この春、入園・進級する子供達、そして幼稚園を卒園して新しい道への第一歩を踏み出す子供達に「がんばれー!」の気持ちを込めて、この応援歌を贈ります。

 

~いくつもの日々を越えて たどり着いた今がある~

~だから もう迷わずに進めばいい 栄光の架橋へと~

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~よもやま話~ 2026.02.01

暦の上では、間もなく「立春」を迎えますが、まだまだ寒い日が続くこの2月。別名を「如月(きさらぎ)」と言いますね。では、なぜ2月が「如月(きさらぎ)」なのか?それは‐「立春」と言えども身を切るほどの厳しい寒さが和らぐ気配はない。なので、人々は寒さ凌ぎの衣服を何枚も重ね着する必要がある。服の上からさらに服を着る。つまり「着さら着」から「如月」(きさらぎ)になった。― かどうかは定かではありませんが(笑)。

 

それは、むかしむかし2月のある寒い日のことでした。いつものように登校の準備をしていた小学生のKくんは、お母さんからの「今日は寒いから、しっかり着込んで行きなさいよ」という言葉を受け、持ち前のチャレンジ精神と好奇心をいかんなく発揮。なんと、ありったけの服をベッドに並べ、重ね着の限界に挑戦したのです。結果は‐ズボン2枚、靴下2枚、上着は、なんと8枚。合計すると12枚で、時が平安時代なら十二単衣(じゅうにひとえ)と言いたいところですが、はたから見ると、その姿はまるで-着ぶくれした「クマのプーさん」です。

 

そんな重ね着姿で学校へむかったKくんは、当然のように、友人達からゲラゲラと笑われ、あきれ顔の担任の先生からは、みんなの前に呼ばれ「いったい何枚着ているの?」と着ている服の枚数を数えられ、あらためてクラスは大爆笑。こうして彼の重ね着チャレンジは、単なる目立ちたがり屋のおバカさんに終わるという無残な結末。穴があったら入りたいほどの赤っ恥まで重ね着してしまいましたとさ。ちなみにこの日、彼がもし穴に入れば、ふくらんだ体が穴から抜けない「おはまりプーさん」になっていたでしょう。さてこのKくんとは、いったい誰か?-それは誰にも内緒、お口が×のミッフィーちゃんということで…よろしくお願いします(笑)。

 

話は変わりまして、最近AIが徐々に日常生活に浸透してきている感がありますよね。AI家電やスマホAI機能等のCMを目にする機会が増える中、私も年末にようやく「アレクサ」と知り合いになりました(笑) しかし‥何となく「アレクサ」と呼ぶのが恥ずかしいというか‥照れくさいので‥名前を「テレクサ」にしたらどうかと思います(笑)。ついでに言うなら、福岡だけの限定バージョン「博多弁」で喋る「アレクサ」も登場すればいいですね。その名はもちろん‐「アノクサ」です。- 博多弁で「あのくさ~」と呼びかけると「なんね~、どげんしたん?」と答えてくれる博多っ子の「アノクサ」。これなら気軽に会話が楽しめる。ってことは‥ないですね(笑) そんなこんなの実にくだらない話にお付き合いいただいた皆様方におかれましては、どうぞお気を確かに(笑)。月日は如月からやがて弥生へ。春は近からずと言えども遠からず。

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~新年の誓い~ 2026.01.01

新年を迎えて、最初にお出かけする場所と言えば‐初詣ですかね。お正月の風物詩、全国所々方々の神社に多くの参拝者が心晴れやかに訪れる姿は、みやびな大和風情を醸し出してくれます。

 

さて、その初詣ですが「何のために?」と問われると、神様にお願い事をするため。と答える方がほとんどでしょう。健康のことや、志望校への合格、仕事の成功や商売繁盛、はたまた、恋愛の成就など‥その内容はさまざまです。それはそれで決して悪いことではないのですが、本来、初詣とは神様にお願い事をするのではなく、日頃の感謝を伝え、今年一年の自分自身の思いや行動を神様に宣言し誓いを立てるために参るというのが正式だそうです。

 

たとえば、どうしても合格したい試験や面接があって、神社にお参りに行くとします。「神様、どうか受かりますように」というのがお願いであり、いわゆる神頼みです。そうではなく「私は絶対受かるために努力しますので、どうか見守りください」というのが決意であり、聖なる誓いになります。

 

つまりは「神様に頼んだから大丈夫」と丸投げするではなく「神様に誓いを立てたからには、本気で頑張るぞ」という思いで努力することが大切で、加えてそれが、決して手を抜いたり途中で投げ出したりしないという神様との大事な約束事にもなるのです。

 

そして、日本人のマナーの良さや道徳心が、心のどこかで「神様に見られている」という意識のためだとすれば「お天道様が見ている」の言葉通り、誰も見ていない人道に反する行為でも、神様はちゃんとお見通しなので、嘘やごまかしは通用しない。さらに言えば、ごまかしが通用しないのは、神様以外にもう一人いる。それは自分自身。自分の心だけは、ごまかせません。なぜなら、もし嘘をついて人を騙したとき、それが真実ではないことは自分が一番わかっているからです。お天道様を常に意識し、自分の心を偽らない。それこそが、神様への普遍的な誓いになるのではないでしょうか。

 

縷々述べさせていただきましたが、最後に私事を申し上げますと、昨年の2月に念願の伊勢神宮へ行って参りました。「日本人に生まれたなら、一生に一度はお伊勢さん」とよく言われますが、なんとこの神社「おみくじ」がありません。それは何故か?‐ 答えは『伊勢神宮に参拝できたこと自体が大吉なので「おみくじ」を引くまでもなく、今日の参拝を迎えられただけで全員が大吉』だからだそうです。なんと全員が大吉っ!‐そんなご利益のある場所があなたの身近にもあるとしたなら‥。『あすなろにいるだけで、みーんな大吉!』‐今年一年が、そのような年になればと心から願っています。

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あすなろ幼稚園
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