あすなろコラム

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~父の存在~ 2021.12.20

あれは朝晩の冷え込みが厳しくなり始めた11月下旬ごろだったと思う。その日の夜中に、のどの痛みで目が覚めて、薬を飲んで寝たが、翌朝には発熱してしまい、仕事を休んで療養することにした。

 

ベッドに入り数時間後、どれぐらい寝たのだろうと思いながら時計を見ると、午後4時を過ぎており、朝から何も食べずにいたので、さすがにお腹が空いた自分に気づき、重たい体を引きずりながら台所に立った。

 

こんな時はお粥と梅干に限る。と思いながら、火をかけた鍋をボーっと眺めていると、突然、玄関のドアが開く音がした。「ただいまーっ」声と同時に、次男が学校から帰宅して勢いよくリビングに入ってきた。

 

「おかえり」と言う私と目が合うと、開口一番「お兄ちゃんは?」という問いに「まだだよ、お母さんもね」と答えた私の言葉を聞いた次男がポツリと言った。「ふーん、じゃあ、誰もいないんだ‥」

 

おい、息子よ。「誰もいないって‥‥」お前の目の前に立っている俺は幽霊か?確かに風邪を引いて、顔色も悪く、ぼさぼさの髪で突っ立てる私は幽霊みたいに見えるかも知れんがな‥。言いたい言葉を飲み込んでいる私に、さらに息子いわく「で、何でお父さんがいるの?」あのな、息子。お父さんがいちゃいかんのか?お父さんはな、風邪を引いて寝込んでいたんだぞ。弱り切った父親に「何でいるの?」はないだろ‥。「バカヤロー!」

 

と叫んだ時に目が覚めた。混乱した頭を整理するのに数秒。夢だったんだ‥。と気づくと同時に玄関のドアが勢いよく開き「ただいまーっ!」の声がして次男が部屋に入ってきた。そして開口一番。「お父さん、風邪、大丈夫?」「何とか大丈夫だよ」と返す私の声は、鼻の奥がツーンとして、涙声になっていた。

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~最後だとわかっていたなら~ If I khew it would be the last time. 2021.12.01

母の焦ったような声で跳び起きたのは午前7時を少し回った時で、起きなきゃいけない時間をすでに30分以上過ぎていた。

「どうして起こしてくれんかったとっ!」怒鳴ると同時に怒りが一気に込み上げてきた。

「ごめんなさい」

「お母さん、昨夜から頭が痛くてあまり眠れなくて‥」「目覚ましに気が付かなかった」「ごめんね‥」

「もういい!」困ったような母の目を逸らしながら、どたどたと洗面所に向かう。後追いする母に聞こえるような声でさらに罵声を浴びせながら何とか準備を整えて靴を履く。「おにぎり握ったけど、持っていかない?」後ろに立つ母の声を無視して玄関を飛び出した。自転車に跨る時にチラッと後ろを振り返ると、おにぎりを手に、どうしていいかわからないような顔をした母の姿が見えた。それが生きている母を見た最後だった。

 

その数時間後、授業中に母が交通事故で亡くなったと知らされ、病院に駆けつけた時、母は二度と目を覚まさない眠りについていた。頭痛がする中、ふらつく足どりで買い物から帰る途中、車に撥ねられ、即死に近い状態だったそうだ。あたりに散乱した買い物袋の中身は僕の好物のすき焼きの具材。そして、新品の目覚まし時計だった‥。

 

もしも、あなたが最愛の人に「行ってきます」と言うのが最後だとわかっていたら‥。

あなたはどうしますか?最愛の人と「いただきます」と食事をするのが最後だとわかっていたら‥。最愛の人と手の温もりを感じながら歩くことが最後だとわかっていたら‥。

どうでしょうか?

 

今日やり残したことや見過ごしたことも明日が来ればまた出来る。明日が必ずやってくるなら今日ケンカしても仲直りが出来る。でも、私たちは知らなければいけません。最愛の人と過ごす明日が来ない日が必ず来ることを‥。それは知るというよりも、残酷な形で突然思い知らされることかもしれません。ならばこそ、二度と来ない今日、そして、このひと時を大切に、師走の日々を過ごしていきましょう。

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~今が幸せな人~ 2021.11.01

むかしのCM に「しあわせって何だっけ 何だっけ」というのがありましたが、皆様にとってのしあわせって何でしょう。

 

美味しいものを食べて大満足するとか、温泉が好きな人は、湯船にゆったりと浸かって心と体を癒すとか、エステにマッサージ、大好きなアーティストのコンサートに行くとか‥人それぞれのしあわせがあると思います。しかし、すべてのしあわせに共通するのは「今が幸せな人が一番幸せ」ということだと私は思います。

 

つまり、人はどんな状況にあっても、今この瞬間に、幸せと感じる人が一番幸せということです。それは、過去でもなく未来でもない、今なのです。今は不幸だけど、将来はきっと幸せになる。そのようなシンデレラストーリーを願う人の今は幸せとは言えません。

 

世の中には、裕福な人もいればそうでない人もいますが、お金がある人すべてがたった今の幸せを感じているでしょうか。お金があまりなくても、家族で助け合って、つつましく暮らしている人すべてが、今の境遇を不幸だと感じているでしょうか。体が不自由であっても病気がちであっても、日々感謝して生きている人の今は不幸でしょうか。

 

相田みつを氏が「しあわせはいつも自分の心が決める」と言ったのは、裕福で健康だからといって、幸せだとは限らないし、お金がないからとか、今病気を患っているから不幸だとは限らないからです。なぜなら「人の不満や争いは、足りない所からではなく、むしろ有り余るところから生ずる」とも言われているからです。

 

将来の夢に向かって必死になって努力する人も、今が不幸で未来が幸せと思わずに、努力している今も幸せ、夢を追い続けている今こそが幸せ、そして、たとえ病気でも体が不自由でも生きている今に感謝できれば幸せです。「今が幸せな人が一番幸せ」そして「しあわせはいつも自分の心が決める」幸せはいつもあなたのそばにあることに気づいて下さい。

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~珠玉の言葉~ 2021.10.01

積年の願いが叶い、ようやく職場の事務スペースを改装することが出来て、以前より快適に過ごせることがとても有難く思える今日この頃です。「環境が人を育て、環境が仕事する活力を生み能率を高める」そのようなことを以前、どこかで聞いたような気がしますが、まさにThat’s right!であります。

 

夏休みを利用しての改装工事が始まる前に、教室を仮事務室にするための引っ越し、そして完成後の引っ越しに際し、古くなった物やゴミの処分に追われ、あわただしく過ごしたのですが、私物である大量の書籍等を整理する中、ふと目に留まった物が、今も私の机の隅にポツンと置いてあります。それは、相田みつを氏の「こころの暦」という日めくり作品集ですが、ひとり心静かに、ページをめくれば、みつを氏の珠玉の言葉が次から次へと目に飛び込んできます。それは、時に自分を励まし、時に自分を戒める、言葉が持つ不思議な力だと感じずにいられません。

 

思えば、園庭の花壇に植えた花々も水を与えるのを忘れると萎れてしまいますが、再び水を与えると、ほどなく一斉に息を吹き返し元気になるのと同じように、花の命の源が水ならば、人の命の源は言葉です。「その一言で励まされ、その一言で夢を持ち、その一言で腹が立ち、その一言でがっかりし、その一言で泣かされる‥」という詩がありますが、まさにThat’s right!であります。

 

つまり、よい言葉に出会うことは、よい友人に出会うのと同じような価値を持つ。汚れた水は花を枯らし、汚れた言葉は人の心を汚してしまう。ならば、どれだけ良い言葉に触れ心を満たしていくかが、その人の人生を大きく左右する。心に響く珠玉の言葉、それは人生をより深く、より豊かにする。言葉の及ぼす力の大きさを私たちは忘れてはならないと思います。

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~未来予想図~ 2021.09.01

私たちが心に思い描く予想というのは、ふたつあります。ひとつは当たって欲しい予想、もうひとつは、言うまではなく当たって欲しくない予想です。ひと昔に流行った「未来予想図」なんて曲は、愛し合うふたりにとって、まさに当たって欲しい予想ですよね。

 

では、当たって欲しくない予想とは‥。例えば私にとっては、今年のホークスは優勝できないのでは?とか、まあいろいろとありますが、皆さんにとってはいかがでしょうか。

 

未来については、以前、小欄でも触れましたが、人類の未来を予想した「The future of work」という動画は、今まで人間が担っていたルーティンワークをすべてAIロボットに委ねる世界を描いています。まさに最先端技術に明るい学者たちが描いた未来予想図です。これらは「Society5.0」と呼ばれる世界ですが、さらに先日、知人から「ムーンショット計画」なる言葉を聞き、その内容を調べると驚愕でした。

 

一部を紹介すると「2050年までに、複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることによって、大規模で複雑なタスクを実行するための技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する」「2030年までに、1つのタスクに対して、1人で10体以上のアバターを‥」云々とあります。俄かには理解し難いですが、人の人による人のための生活をAIロボットに任せることで、未来の人類は、本当に幸せになるのでしょうか。

 

私は思います。これは当たって欲しくない未来予想図だと。なぜなら、人はあらゆる困難を自らの手で自ら汗をかいて克服することに生きる価値があると考えるからです。子育ても同じで、親子が直接肌で感じるぬくもりに意味があり、マニュアル通りにならない中で、もがき苦しみながらも我が子の成長を感じた時の喜びに冥利がある。つまり失敗した時や思い通りにならなかった時の悔しさや涙は、必ずその後の人生の糧となる。困難を克服して得られる有難さや限りあるものを慈しむ心がロボット生活に奪われるとしたら‥。人は自分には不可能はないと思い上がった時から不幸が始まるのではないでしょうか。のび太君もドラえもんに頼りっぱなしではなくしっかり自分の足で人生を歩んでほしいものです。

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あすなろ幼稚園
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