
- ~Pay it forward~ 2025.11.01
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~世の中には目に見えるものと見えないものがある。たとえば、ある人が胸に抱いた「思い」は目には見えないが、その「思い」が行為になったとき、はじめて「思いやり」として相手に伝わる~
2014年、アメリカフロリダ州のスターバックス店舗でこんなことがありました。ドライブスルーの利用客が、次の客にアイスラテのトリプルグランデをおごったことがきっかけとなり、後続の利用者にコーヒーをごちそうする「善意のリレー」のバトンがつながり、店長さんいわく、このリレーはおよそ11時間にわたって続き、ごちそうされたコーヒーの数は、なんと457杯にも達したそうです。
「恩返し」という言葉がありますが、これは、ある人から授かったご恩をその人に返す‐いわゆる「ご恩のキャッチボール」のようなもので、むかし話でいえば「鶴の恩返し」が有名ですね。しかし、授かったご恩を相手に返すのではなく第三者に送る(贈る)「恩送り」という行為もある。それを「ペイ・フォワード‐Pay it forward」といいます。
じつは、このスタバの出来事からさかのぼること十数年前に「ペイ・フォワード 可能の王国」というアメリカ映画が公開されましたが、この映画を観た人が、時をこえて、スタバの「善意のリレー」を思いついたかどうかは別といたしまして、映画の中では、中学生の主人公が授業中に先生からこんな質問を投げかけられます。
「もし君が、自分の手で世界を変えたいと思ったら・・何をする?」
そこで彼は、黒板に図解を交えながらこう答えて先生や生徒たちを驚かせます。「善意や思いやりを、その相手に返すのではなく、別の三人に送る(贈る)。そうすれば、ひとりの善意が三人に、三人の善意が九人に‥という具合にどんどん広がっていき、きっと世界は変わると思う」そして自ら実行に移しますが‥なかなかうまくいかず「これは失敗だったのでは‥」と思い始めたところで奇跡が起こります。なんと彼の知らないところで善意のバトンが人から人へ次々と受け継がれていったのです。
もし、この発想が悪意に満ちていれば犯罪につながりますが、善意に満ちていれば生きる力や喜び、そして未来への希望を繋ぐリレーになる‐と私は思います。なぜなら、生きることは誰かに借りをつくり、その借りを返すこと。誰かにそうしてもらったように、誰かにそうしてあげること。それが人の生きる道。-人はひとりでは生きていけない、誰もひとりでは歩いていけない‐からなのです。
- ~伸びしろ~ 2025.10.01
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‐「可能性は無限大」‐誰もがこの言葉を一度は耳にしたことがあると思います。だから人は目標に向かって日々コツコツと努力し続ける。結果が失敗に終わったとしても、それはあくまでその時点までの結果であって、諦めないでいるかぎり、目標達成の可能性はまだまだ続く。それが「無限の可能性」という意味だと私は思います。
今年8月に日本人として初めてアメリカ野球殿堂入りを果たしたイチロー選手が小学6年生のころ書いた作文「夢」はあまりに有名ですが、彼は殿堂入り表彰式のスピーチでこのような話をしました。
『今、もし作文を書き直せるなら、「夢」という言葉ではなく「目標」という言葉を使うでしょう。「夢」は必ずしも現実的ではありませんが「目標」はどうすれば到達できるかを深く考えれば実現可能なものだからです。
そして「夢」を見ることは楽しいことですが「目標」を持つことは困難で挑戦的です。「何かをやりたい」だけでは足りません。本気でやるつもりなら、どうすれば達成できるかを真剣に考え実行しなければなりません。私は作文の中で「プロになるには毎日の練習と準備が大切」と書きました。それは目標を定めて努力する中で「継続こそが成果の土台になる」ということを学んだからです。
ですから若い選手たちには、大きな「夢」を持ってほしいと思います。そして同時に「夢」を「夢」で終わらせるのではなく「目標」にするすることが大切と伝えなきゃ「えっほ、えっほ、えっほ!」』
「為せば成る‐為さねば成らぬ何事も-成らぬは人の為さぬなりけり」と言った上杉鷹山や「失敗を失敗のままで終わらせれば失敗、成功するまで続けることができれば、それは失敗ではなく成功です」と言った松下幸之助。このふたりも諦めない気持ちの中に無限の可能性があると説いています。
そしてイチロー選手のスピーチを聞いて私が気づいたことは、最初から「伸びしろ」のある人なんていないということです。伸びしろとは目標に向かって努力する中においてのみ存在する。加えて謙虚な姿勢と自分を信じる心、諦めない気持ちがあれば、野球に限らず、あらゆる世界で挑戦し続けている人の可能性は無限大で、伸びしろのある人とは努力することにおいての「天才」なんですね。
- ~老いについて~ 2025.09.01
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「老を敬う日」を迎える月なので今回は「老い」について語らせていただきましょう。それにしてもまだまだ暑い日が続きますが、この暑さも「あらら?どうしちゃったの?」てな具合に、そのうち涼しくなり、寒くなる。- のと同じように、人も生きている限り必ずいつかは「老い」を迎えるわけで、それはまさに「あの頃の私に戻りたい」と思っても二度と戻れない「さらば青春の光」なのです。
などと言えば「何それ?それじゃ身も蓋もないじゃない!もうプンプン!」と毎日入念に、ムダな‥もとい!!ムダなくお手入れをされている数多の淑女に怒られるので「永遠の青春」は無理としても「老年期は子供に還る」と言われるほど愛しい笑いと涙に満ちた「老い」の世界をご堪能ください。
ある病院での認知症検査です。医者「よく来てくれましたね。ここがどこかわかりますか?」患者「・・・・」医者「えっと‥おじいちゃん、ここはどこですか?」患者「・・・・」そこで医者は正面から、おじいさんの足にそっと両手を添えて「おじいちゃん‥ここはね」と言った刹那‐患者「ひ、ひざ‥じゃ」
食欲がない‥そうつぶやく母は近頃めっきりやせてしまった。「ちゃんと食べて、ほらっ、あとひと口でいいから‥」「ありがとう‥でもね、わたしも‥そろそろお迎えがくる‥だから‥いらない」「なに言ってるの‥縁起でもないこと言わないで‥」と深いため息をつく私・・・その刹那‐「ピンポーン!」「おはようございまーす!デーサービスですぅ!」「えっ‥?お迎えって、そっちかーいっ!」
ある日、古い箪笥の引き出しの中を整理していた私は思いがけないものを見つけた。それは認知症を患い入院中の母が書いた手紙だった。「いつの間にこんなもの‥」と思い封筒を恐々開いてみる。そこには震えた文字で綴られた一文が‥「ご、め、ん、な、さ、い・・もう・・なにも・・わからない・・」
文字の震えは高齢の母がおぼつかない手で書いたからだけではない。私の目から溢れる涙が文字を揺らしていたのだ。物心が付いたころからずっと二人暮らしだった。女手一つで私を育ててくれた母だった。母の手はいつもふっくらして温かかった。それなのに‥そんな母の手を私は放してしまったのだ。いたたまれぬ思いを胸に、すぐさま母のもとへと駈けつけた。秋晴れの中、ちょうど車椅子で散歩中だった母を見つけて、そっと手を握る。そして‥「母さん‥手紙が‥母さんが書いた手紙が‥箪笥の引き出しに‥。母さん、ぼくこそ‥この手を放して‥ご、ごめんなさい‥」涙声の私に母はかすかな笑顔でゆっくりと首を横に振る。その顔を‥よく見ると‥‥えっ?!あれっ?母じゃない‥。
「あっ、す、すみません!人違いでした‥」花壇では秋桜が吹く風にやさしく揺れて微笑んでいた。
- ~夏の思い出~ 2025.07.23
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夏がく~れば 思い出すぅ~♪ はるかな尾瀬 遠い空~♪
というわけでして、夏と言えば - 何といっても、ひと夏の思い出ですよね。
10人いれば10人なりの忘れられない夏の出来事や物語がきっとある。- と私は思います。
あれは私が中学生の頃でした。TVアニメ「エースをねらえ」やウィンブルドンにあこがれてテニス部に入部し1年生から中体連という夏の大会にダブルスで出場した時のことです。
試合開始直後‐私が思いっきり打った強烈なサーブが、あろうことか前衛で前かがみに構えていたペアのお尻にモロ直撃! 「いてっ!」と言った彼の声、「ポーン!」と大きく跳ねたボール、失笑する観衆‥そして振り向きざま私に向けられた戸惑いと悲しみ‥やり場のない怒りが混ざり合った彼のまなざしは、生涯忘れることのできない夏の思い出として、今でも私の胸にほろ苦く刻み込まれており、そのことを思い出すたびに、ついつい笑いがこみあげて参ります。
そして更に昔昔、夏休みに朝のラジオ体操が校区で行われていた時代の話です。その日、胸にMIZUNOとローマ字で名前を書いた服の見かけない子がいたので、さっそく私は親しみをこめて「君‥水野君なの?」と声掛けるも反応はなし。それから数日たった始業日、その彼が転入生として担任に紹介されました。「みんな聞いてくれ。2学期からこのクラスに入ることになった冨田君だ」‥「えっ?!とみた? 水野ちゃうんかーい!」と私は心の声で叫びましたがMIZUNOがブランド名だと知ったのは、その後のことなので、私にとってMIZUNOと言えば、あの日の夏が蘇ります。
最後に「真夏の夜の夢」のおはなしをいたしましょう。- 夏休みに入って何もする気がおこらず、日々徒然なるままに過ごしていたある夜、こんな夢を見ました。突然、枕元に神様があらわれ、こう告げたのです。「今のお前はいったい何なんだ、ひねもすホケ~っとしているだけで‥ジョン・レノンがイマジンならお前はヒマジンか?今日で最後 - もし仮に今日でお前の人生が終わるとしたら今の自分を誇れるか?誇れないのなら、今すぐ心を入れ替えて明日に繋がる生き方をしろ。明日に繋がる虹の橋を架けろ。それが“あすなろ”の意味だ」この夢から私は目覚め今を生きています。
- ~ゆかいな仲間たち~ 2025.07.01
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「人はひとりでは生きていけない。人はひとりでは歩いていけない」の言葉の通り、人はこの世に「おぎゃー」と生まれた瞬間から、いろんな関わりの中で生きていく運命にあると言えます。
そして、-どんな世界で、だれと出会うか‐は人それぞれです。そう考えると、私はずい分と恵まれていると言うか、とてもいい出会いの中で生きている-と思います。なぜなら、とっても愉快な仲間たちと日々を過ごせているから-。
ある日のことです。「〇〇先生、人はパンのみに生きるにあらず」だよと、ある先生に話したところ、その先生はすかさず「えっ、パンの‥耳、ですか?」とのたまい、その瞬間‥私の耳が壊れました。
はたまたある日のこと。「あずき」と「だいず」の話になり、ある先生に「だいず」を漢字で書ける?と訊く私に、当然です!というドヤ顔で「大豆」と答えたので、じゃや「あずき」は?と訊くと「・・・・」だったので、大きい豆が「だいず」で小さい豆が「あずき」だよ、と教えてあげると‥「すごーい! えっ、じゃあ‥中豆は何ですか?」 -「知らんわーっ!」-。
その昔には、鎖骨(さこつ)をひだりの骨と思っていた先生(ちなみに彼女にとっては、右の骨は「うこつ」だそうです)や呉汁(ごじる)を「くれじる」、金平牛蒡(きんぴらごぼう)の「金平」を「かねひら」と読んだり、七夕発表会の「七夕」を「夕七」と逆に書いたり‥実にクリエイティブ感覚に長けた愉快すぎる先生たちのおかげ様をもちまして何とも幸せな人生です(苦笑)
しかし、どんなに仲睦まじい間柄だとしても、ほんのちょっとした事やたわいもないきっかけでケンカになることもあるでしょう。これは夫婦や親子兄弟問わず、また園内で日々過ごしている子供達にしても同じです。だからもし、今ケンカの真っ最中の人がいれば私はこう伝えたいと思います。
「ケンカのいいところは仲直りができるってこと。仲直りの時のほろ苦さとくすぐったさ、その後にくる爽快な気分を味わえば、きっと今まで以上に絆が深まる。だからケンカしたら仲直りだよ!」