園長の本棚

「嘘」
2022.09.13
イソップ童話の「オオカミが来た」は、ウソをついた少年が最後に痛い目に遭うという話でこれを読んだ人はウソをつくのは良くないということをあらためて知る。確かにウソはいけないことで、ウソをつかず正直でいることが正しい。しかし、常にウソが間違いで、ウソをつかないことがすべて正しいかと言えば、そうではないと私は思う。

ある夜、私はとても嫌な夢を見た。愛犬マルと誰もいない公園で遊んでいると、いつの間にかまわりにカラスの群れがたむろし、その中の一羽が突然、私に語りかけてきた。「秘密を知りたいかね?」その声に愛犬マルは激しく吠えて威嚇するが、好奇心旺盛な私は「教えて、教えて!」とカラスの目の前に駆け寄った。

―「ウソだ、そんなのウソだ‥」―

カラスの言葉に衝撃を受けた私は、その場にうずくまり「いやだー!」と叫んだと同時に目が覚め、流れる涙を拭い「お母さん‥」とつぶやく。それから重たい足取りで部屋を出て台所に向かった。そこにはいつもの笑顔で「おはよう」と私に声をかける母が立っていて、足元にはじゃれつくマルがいる。こらえきれずに涙が再び溢れ出し思わず母に抱きついた。

若い頃から病気がちだった母は、私を産んだ時も大変だったという話は何度か聞いたことがあり、そのせいか私の体調のことを人一倍気にして「無理しちゃダメよ」が口癖である。本当に無理しちゃいけないのは、2ヶ月に一度は必ず病院で検査をしなきゃいけないお母さんなのに‥。

それから数日後、母が入院した。「お前の母さんは‥」カラスの言葉が私の頭をよぎる。それを振り払いたくて‥母に会いたくて‥笑顔が見たくて‥声が聞きたくて‥毎日見舞いに行った。しかし、お母さんは日に日に弱っていく。そしてある日、母は家に帰ってから読んでほしい。と私に手紙を渡した。そこに書いてあったのは、母の病気の事、そして‥私の出生の秘密。

母の病気は治らない。それどころか余命もあとわずか‥。そして私は母の実の子ではなく、父と一緒に事故で亡くなった母の妹夫婦の子であること。私はその事故で奇跡的に助かり今の母に引き取られたこと‥。そして、何よりも、その母は自分の身の回りに起こった突然の不幸にも負けず深い愛情で私を育ててくれたこと。

それから数日後、母とふたりだけで最期の時を過ごした。「ウソをついてごめんなさい」と泣きながら詫びる母の手を握ると温かかった。それは私が幼い頃からずっと感じてきた母の温もりそのものだった。「お前の母さんはウソつきだ」と言ったカラスは全然わかっていない。今の私にとっては、本当だろうがウソだろうがそんなことは、もうどうでもいいのだ。母の手の温もりを感じながら過ごしてきた今日までの日々がそれを物語っている。そして、夢に出てきた忌々しいカラスに言ってやった。世の中には真実より大切なウソがある、ということを。
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