園長の本棚

「フルーツバスケット」
2022.09.13
フルーツバスケット

果物屋の店先に色とりどりのフルーツが籠に盛られている。それを見ていると、まるで私のクラスの子供達のようで愛おしくなる。ミカンにリンゴ、桃や梨、それぞれの姿や形、そして味で、僕を私を見てと、自己主張するフルーツ達だが、意外に傷つきやすいのも特徴だ。

その子が私のクラスにやって来たのは9月の初め頃だった。母親の病気治療のため有名な総合病院があるこの街に家族3人で引っ越してきた。入院中の母親と離れ離れになり父親とふたりっきり‥なれない土地で暮らし始めたその子は、そんな理由からか、クラスの子とはあまり馴染めなかった。

こんな時こそ、担任の私が何としなきゃと思い、あの手この手でその子に接してはみたものの、笑うことはもちろん泣くことさえもせず、気が付けば、いつもぽつんと教室の片隅にひとりぼっちで立っている彼に、何を言っても何をしてもほとんど効果はなかった。

そして事件は起こってしまった。彼が突然いなくなったのだ。保育園のどこを探してもいないし、付近を探しても見つからない。「大変なことになった‥」園長先生は父親と警察に連絡をして、その子の大捜索が始まった。もちろん担任である私も、祈るような気持ちで、なりふり構わず、その子の名前を呼びながら必死に探し回った。

その時、ふと彼が私に言った言葉を思い出した。「ママのところに行きたい‥」「そうか!きっと病院だ」それから私は、自転車に飛び乗って病院までの道のりを走り続けた。「どうか、無事でいてちょうだい」その一念だけで必死に。しかしその必死さのあまり‥道路脇のくぼみに気づかず、派手に転倒して、自転車ごと地面に叩きつけられてしまった。痛みと情けなさで蹲っていると、遠くから駆け寄ってくる足跡が聞こえた。

「先生、だいじょうぶ?」その声は紛れもなく、私が探していた彼だった。「よかった‥」私は痛む足を引きずりながら、思わず彼に抱きついた。「よかった、よかった‥」泣きながらそう言い続ける私につられたのか、彼もまた泣き出した。それは、彼が私に見せた初めての涙だった。「先生、ごめんなさい‥」「いいのよ、いいの。ほんとによかった」

そして私は今、病室の小さなテーブルに置かれたあの果物屋さんのフルーツバスケットを見ている。足の骨折はかなりひどかったらしいが、手術も無事終わり、まもなく退院できる。フルーツは、見舞いに来てくれた父子からだ。そして、奇しくも同じ病院に入院している母親の経過も良好だと喜んでいた。フルーツは傷つきやすくても丁寧に磨けば、またピカピカにひかり輝くことが出来ることを、その子が見せた初めての笑顔が教えてくれた。
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