園長の本棚

「博多」
2022.04.23
~博多~

「いつか君 行くといい 博多には夢がある」
「できるなら夏がいい 祭りは山笠」

チューリップ※の曲にそんなフレーズがあったが、私が東京から博多に来て、もう10年になる。若さゆえの真っすぐな気持ちで、彼に付いていく決心をし、家を飛び出して駅のホームに向かったあの頃‥。その思い出が、時折、私の胸を冷やかしては気恥ずかしくなる。

博多に来て、いちばん驚いたのは、やはり言葉だった。今では、私もすっかり馴染んでしまい、息子との会話は、当たり前のように博多弁だが、当時は、戸惑いだらけの毎日だった。
「なんばしよっと」※=難波ショット?「しろしかね~」※=えっ?白い鹿?「えずか~」※=絵図か?「すいとー」※=水筒?‥という具合で、もう、いっちょん※わからんかったばい(笑)。

あと、「直す」という言葉は本来、修理するという意味だが、博多では「片づける」ことも「直す」というから、ややこしい。夫から、「これ、直しといて」と渡された電気シェーバーを、どこが壊れているんだろう?と、スイッチを入れたり切ったりしながらまじまじと眺めて悩んだり、子供が生まれるまで保育の仕事をしていた私に、ある園児が泣きついて来たので、訳を訊くと「かたらしてもらえんかった」※との事。語らしてもらえなかった?って、何を語りたかったか知らないけど‥子供なのに、よくそんな言葉知ってるなあ~。と感心して、夫に話すと笑われたことも。

そんな時、私は自分自身を、騙されて外国に連れて来られた娘みたく「私って‥何て不幸な女なの?」と冗談っぽく言うと、「女優か?」と、また笑われたりした。私も笑い返しはしたが、本当は、寂しくて、ちょっぴり東京に帰りたくなったのも事実だ。

そんな私を救ってくれたのは、姑である義母さんの存在で、嫁と姑というより、先生と生徒の関係のように、何もわからない私に、やさしく微笑みながら「よかよか、何でん、やってみんとわからんけん。」「それが、経験たい」と励ましてくれた。

誰とでも遠慮なく話せて、とにかく世話好きで、気丈ながらも涙もろい。そんな義母と、ある日、買い物帰りのバスに乗っている時だった。後ろの席に座る赤ちゃんを抱いた若い母親を見つけた義母は、すかさず話しかける。「あら!そうね、あんたも東京からねー」「偉いねー」と嬉しそうに言うと、私に「ほら、あんたと一緒ばい」そんな話がしばらく続き、最後に義母はこう言った。「私が嫁の時、そりゃ姑は厳しかったばい」「だけんね、私は長男を生んだ時に、自分に誓ったと」「自分の嫁には絶対、私が流した涙は流させん」「こげな涙は、私だけで十分たいってね」「そげんせな、家族はよくならんと」「家族の中の誰かが、家族の中の誰かを泣かすような家族はしあわせじゃなか」「失礼ばってん、あんたは、家族に泣かされとらんね?」その若い母親がこくりと頷くと「そうね、そりゃよかった」「よかったね~赤ちゃん、あんたもママもしあわせたい」と言ったとたん、眠っていた赤ちゃんが目を覚まし突然泣き出した。「あ~しもた。ごめんごめん」と、その赤ちゃんを抱いてあやし始めた。若い母親と私は、赤ちゃんの流す涙とはそれぞれ違う涙を目に浮かべ義母の姿を見つめていた。

博多の夏は山笠と共にやってくる。「山笠があるけん、博多たい」そんなCMもあったが、「義母がおるけん、博多たい」と言いたいくらい、私は自分の義母を、嫁として生徒として今も誇りに思っている。



※チューリップ 博多出身のバンド。冒頭の歌詞は「博多っ子純情」という曲
※なんばしよっと 何をしているの
※しろしか うっとうしい
※えずい こわい
※すいとー すきです
※いっちょん 全然
※かたらす  仲間に入れる
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