園長の本棚

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「勿忘草」
2022.04.23
~勿忘草~

ある日、TVのニュースに映った彼女を観て驚いた僕は、すぐに押し入れの中に頭を突っ込んで古い段ボール箱を引っ張り出した。―小中学校時代の思い出がいっぱい詰まった普段は絶対にあけることはない箱―。なぜなら‥懐かしい人に会いたいようで会いたくない、懐かしい場所に行きたいようで行きたくない、そんな思春期の気恥しい思い出が胸を締め付けてしまうから‥。

ときは、父の急な転勤で4月から引っ越しが決まった中学3年の卒業間近の頃まで遡る。TVの彼女とは、小学校から同じ学校に通い、家も近かったことから、いつも一緒に登下校するくらいの仲良しだった。しかし、中学になると、この頃から何となく意識し始めた男子女子という性別や入っていた部活の違いから小学校の頃のように一緒に登下校する機会はほとんどなくなった。でも決して嫌いになった、という訳ではなく、むしろ小学生の頃の仲良しとは明らかに違う「好き」という気持ちが僕の中で芽生えていたと思う。

その気持ちを告白することもなく、彼女の目指す志望校と同じ高校を受験し、ふたりとも合格した喜びも束の間、僕は家族と共に急きょ九州に引っ越すことになったのだ。中学を卒業したら離れ離れになる友達がいても不思議ではない。それは、それぞれがそれぞれの道を歩み始める時期だから‥。しかし、少なくとも僕と彼女は一緒のはずだった‥。一緒の道を歩くはずだった‥。そのために勉強も頑張ったのに‥。

卒業式が終わって、みんなで写真をたくさん撮った。もちろん彼女とも。それらの写真や卒業アルバム。そして、彼女が餞別にくれた二つ折りの押し花の台紙を大切に段ボールに入れて引っ越した。

あれから10年、一度も開けることがなかった段ボールの箱の中で眠っていた思い出の数々をかき分け押し花の台紙を取り出した。花の名前は勿忘草。台紙の隅に彼女が書いた花言葉は「私を忘れないで」

「もちろん、忘れてなんかいない」いま、TVに映っている君は‥もうあの頃一緒に過ごした君じゃないけど、僕はこうして台紙を手にあの頃の君と再会しているよ。

「皇太子、一般女性と婚約!」そのニュースは瞬く間に日本中に広がり、世界各国からも祝福のメッセージが寄せられていた。僕は部屋でひとり‥台紙のかわいた花に喜びと懐愁の涙を落としてそっとつぶやいた。

「勿忘草の花言葉は“私を忘れないで”。そして君はその言葉通り日本いや世界中の人から忘れられない人になる。でも‥あの頃過ごした無邪気な日々の輝きは僕と君だけのもの。その思い出を忘れずにいてくれることを願っている。おめでとう。皇太子妃さま」
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