園長の本棚

「目覚まし時計」
2022.04.23
目覚まし時計 ~最後だとわかっていたなら~ If I knew it would be the last time.

母の焦ったような声で跳び起きたのは午前7時を少し回った時で、起きなきゃいけない時間をすでに30分以上過ぎていた。「どうして起こしてくれんかったとっ!」怒鳴ると同時に怒りが一気に込み上げてきた。「ごめんなさい」「お母さん、昨夜から頭が痛くてあまり眠れなくて‥」「目覚ましに気が付かなかった」「ごめんね‥」

「もういい!」困ったような母の目を逸らしながら、どたどたと洗面所に向かう。後追いする母に聞こえるような声でさらに罵声を浴びせながら何とか準備を整えて靴を履く。「おにぎり握ったけど、持っていかない?」後ろに立つ母の声を無視して玄関を飛び出した。自転車に跨る時にチラッと後ろを振り返ると、おにぎりを手に、どうしていいかわからないような顔をした母の姿が見えた。それが生きている母を見た最後だった。

その数時間後、授業中に母が交通事故に遭ったと知らされ、病院に駆けつけた時、母は二度と目を覚まさない眠りについていた。頭痛がする中、無理して出かけた買い物から帰る途中、車に撥ねられ、即死に近い状態だったそうだ。あたりに散乱した買い物袋の中身は、僕の好物のすき焼きの具材。そして、新品の目覚まし時計だった‥。

もしも、あの朝が母との最後とわかっていたら‥。具合悪そうな母を思いやりながら「気にしないでいいよ」「ゆっくり休んで。なるべく早く帰ってくるから」と、もし言えていたなら母は‥母はきっと無理して買い物に行かなかったはず。今日出来なかったことも明日が来れば、また出来るし、やり直せる。明日が必ずやってくるなら、今日ケンカしても仲直りが出来る。でも‥それが出来ない事を母の死で初めて知った僕は、背負った現実が重た過ぎて、何度も何度も死んでしまおう思った。

それでも、後悔しかない過去を引きずりながら、今まで何とか生きてこられたのは、母が残した目覚まし時計のおかげだった。どんなに早い朝でも自分で起きる。部屋の掃除だって洗濯だって自分でやる。決して止まることない時の流れの中で、今日出来ることは明日に延ばさない。それは、母が残した目覚まし時計が、今日という日の大切さを教えてくれたから。あれから5年、今朝も目覚まし時計のアラームが僕を励ますように起こしてくれた。そして天国の母につぶやく。「今日を後悔しない一日を」
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