園長の本棚

「最後のラーメン」
2022.09.13
そのラーメン店は、僕の通う高校のすぐそばの一階を改造した民家の中にあり、ラーメンというシンプルな暖簾だけで屋号も看板もなく、そこに住むおばちゃんがひとりで切り盛りしていた。店内はL字のカウンターのみ、メニューもラーメンと大盛ラーメンのみで、値段はラーメン100円、大盛150円という破格の安さ。そして開店時間は、僕らの下校する時間に合わせて、普段は夕方5時から、試験の日は午後1時からと、その都度、変わるという魔訶不思議な店だった。

そんな店だから当然、男子女子、現役OB問わず、うちの高校の生徒のほとんどが、一度はここのラーメンを食べたことがあるという、まさに、わが校御用達のラーメン屋だったが、屋号がないので、僕らはそのラーメン屋を“100円ラーメン”と呼んでいた。

なぜ100円か?なぜ開店時間を僕らの下校時に合わせているのか?それは、うちの高校とおばちゃんとの切っても切れない深いご縁があったからだ。

今から20年ほど前、おばちゃんのご主人が、わが校の正門前で、交通事故に遭い、救急車で病院に運ばれた。さっそく、緊急手術となったが、かなりの輸血が必要にもかかわらず、血液のストックがなく、困り果てたおばちゃんは何と、わが校に輸血のお願いの電話をかけたのである。おじちゃんの血液型はrhマイナスのAB型、統計で言うと2000人にひとりという数字だ。すぐに校内放送でそのことが告げられると、奇跡的に5人の生徒が同じ血液型であることが判明し、その生徒たちは、すぐに病院へ直行した。

その後、手術は無事成功し、おじちゃんは一命を取り留めたのだが、それから数年後、別の病気を患い亡くなってしまう。その時おじちゃんがおばちゃんに残した遺言。それは「あの高校の生徒にご恩返しをしてくれ」だったと言う。「主人が残したお金が尽きるまで、生徒たちに安くておいしいラーメンを食べてもらおう」そう決心したおばちゃんは、自宅を改造してこの店を始めたらしい。

そして昨年の12月。おじちゃんが残したお金はすべて100円という大赤字のラーメンに費やされ、いよいよ最後の営業日がやって来た。その日は2学期の終業式があり、午前中で学校を終えた生徒たちが大勢で店に訪れた。一日100杯のラーメンは瞬く間になくなり、店先に「本日、売り切れ」の札がかけられたのだが、その後もしばらく「ありがとう、おばちゃん」のひとことを言いたい生徒たちの長蛇の列が途切れることはなかった。

今、僕は大学受験を控えて、机にかじりついて勉強している。その姿を見守ってくれているのは、あの日、みんなで一緒に撮った写真だ。おばちゃんの左手には大きな花束、そして、右手におじちゃんの写真を抱えたおばちゃんが、にっこり笑っている。高校時代に何度も通った100円ラーメンは僕の忘れられない青春の味である。
この本を読んで「いいね!」と思った方は
下のボタンをクリックしてください。
いいね!
あすなろ幼稚園
〒811-1323 福岡県福岡市南区弥永2丁目13-7
TEL. 092-571-2400 / FAX. 092-571-2478
[MAIL] info@asunaro-y.jp