園長の本棚

「わたしの番」
2022.09.13
世の中に絶対ということはない、あるとしたら人はいつか絶対死ぬということだ。そして私にとっての「いつか」は今日、それとも明日なのだろうか‥。

新型コロナウィルス。今まで耳にしたことがなかったこのウィルスが猛威を振るい、日ごとに感染者が増え続け社会をパニックに陥れた。いや、パニックどころではない。職場で濃厚接触者となりPCR検査の結果、陽性が判明した私を出口の見えない暗くて長いトンネルの中に引きずり込んだのだ。そして今、私は連日高熱に浮かされ呼吸すら楽にできない状態の重症患者として病院のベッドに臥している。

息子に会いたい。意識があるうちにもう一度息子の顔が見たい。たったひとつのその願いすら今の私には叶えることができない。これまでの人生で味わったことのない絶望という感覚がウィルスと共に私の体を蝕んで、死の順番がいつ来てもおかしくない。

お産は難産だった。だからこそやっと産まれてきてくれた我が子を初めて抱いた時、女手ひとつで仕事と両立させながら必死に育児に励んでいた時、入学・卒業のたびに成長していく息子を眺めては頼もしく感じた時、その時々に感じた幸せは、すべて明日への希望となっていた。それは親が子に示す見返りを求めない無償の愛、決して切れることのない親子の絶対愛に満ちた日々とも言える。

病室に人の気配がしたので顔を向けると防護服を着た看護師が立っていた。「息子さんから手紙を預かりましたよ。もしよろしければ、読んでさしあげましょうか?」小さくうなずく私の反応を見て看護師は手紙を読み始めた。

母さんありがとう。苦しい思いをして産んでくれて‥仕事しながら育ててくれて‥人並みに高校まで行かせてくれて‥。そこには息子のために注いだ私の行為すべてに対する感謝の言葉が綴られていた。涙が止まらない。読んでくれている看護師も涙声になっていた。そして結びの言葉―。「今度は母さんの番だ。母さんが僕にいっぱいありがとうって言う番だ。だから-コロナなんかに負けちゃだめだ。絶対に負けちゃだめだ」

そうか-。「絶対に負けない。そうすれば私は絶対に死なない」世の中には死ぬこと以外にも絶対はあったのだ。朝が来ない夜は絶対ないし、夜明けになれば太陽は必ず東から顔を出す。息子の手紙が私の太陽となって絶望が希望に変わった瞬間だった。「ありがとう、そしてこれからもありがとうっていっぱい言わせてね」この日を境に私の体調は徐々に回復し、暗くて長いトンネルを抜けて太陽のようにまぶしい笑顔の息子が待つ出口にようやくたどり着いたのだ。
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