園長の本棚

「東京」
2022.04.23
~東京~

東京発「あさかぜ」通称ブルートレインを待つホームのベンチは、立春を過ぎても、まだまだ容赦ない寒風に、粉雪がちらちらと舞っていた。

東京での暮らしの何もかもを捨てて、地元の博多に帰ろうと決心したのは、今からひと月前、年末年始の帰省もせずに、フリーターの仕事をしながら、将来の夢を語り合っていた彼女との結婚話が消えた日の夜だった。

「身の程知らずにもほどがある」
彼女の両親が僕に突き付けた言葉は、まるで傷ついたレコード盤が、何度も繰り返すフレーズのように、エンドレスで僕の頭に流れていた。目を閉じると、俯いたまま、何の反論もしてくれなかった彼女の泣き顔が浮かんで、思わず僕も布団にもぐって泣いた。

世の中というのは、決して平等ではないし、公平でもない。でも、チャンスだけは、みんな平等に与えられる。でなけりや、彼女と付き合うことは出来なかったし、将来に夢や希望も持てなかったはずだ。チャンスだけは‥。

翌日、会社とアパートの不動産屋さんに連絡をした。それと、実家でひとり暮らしをしている母にも。誰もが突然の連絡に驚くかと思ったが、特に理由を訊くこともなく、意外にすんなりだったのが救いだったが、自分の居場所は、東京にはなかったということをあらためて知らされたようで、少し寂しかった。

「きっと、迷惑だろうな‥」そんな思いで、彼女との連絡を絶ち切っていたが、帰郷する前日、短いメールを送った。未練からじゃないと言えばウソになるけど、最後に、感謝の気持ちを込めた「さよなら」が言いたかったから。返事は期待できないけど、このまま終わるのは、彼女とつながっていた過去が、すべて否定されたようで、嫌だったから。ホームのベンチに蹲り、そんな昨夜のことを思い出していると、目の前に人の気配を感じたので、ふと我に返り、顔を上げた。

「来ちゃった‥」

そう告げると彼女は、ボストンバッグを膝に抱え僕の隣にそっと座った。

「来ちゃった、って‥」「えーー!!!」「ど、どうすんの‥?これから‥」戸惑う僕の腕にしがみ付いた彼女は言った。「わたし、博多って行ったことがないの」「ずっと行ってみたかったの」
「だから‥お願い」「連れて行って!」
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