- 「博多4」
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2022.10.17
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山を登れ、地を駆けろ、海を渡れ、風に乗れ、そして空高く飛べ。もう―何も恐れることはない。迷わず立ち止まらず前へ進み新たな人生を切り開こう。僕のふるさと博多で―ふたり一緒に。
「それって‥ひょっとしてプロポーズ?」「‥ん? まあ、そーだけど」「きゃあーっ!似合わないなー。まったく似合わないけど‥ありがとうダーリン。よくそんな言葉が浮かんだね」「実は‥ある曲をヒントに思いついたんだ」「えっ、すごーい! で、なんて曲なの?歌ってみて!」「いやだよーっ!下手だから‥」「いいじゃん、いいじゃん。おねがーい!」「じゃあチョットだけ‥。~♪#*#α#$%&&‘**♪~こんな曲だけど、わかる?」「・・・?―んっ、あっ!ええーと‥ぜんっぜんわかんない」―ドテっ!―「もういいっ!」相変わらず仲の良いふたりで何よりです。
そんなこんなで正式に結婚することとなった僕らは式の日取りも決まりあれやこれや着々と準備を進める。新天地福岡での就活に臨んだ彼女は面接で“かがやき”の話がウケたうえに絵が上手で自ら書いた小説も高く評価されゲーム会社に就職が決まった。何でも初めての女性外国人採用だったらしい。まったく彼女の能力には脱帽だ。僕は僕で僕らしくをモットーに町工場の社長の紹介で地場の精密機械系の会社に勤めることとなり、まずはひと安心って言いたいとこだが‥東京にひとり残されてしまう母のことが気がかりだ。
「大丈夫よ、今までもひとりだったんだし。そんなこと気にしないの。私はこうしてあなたに会えただけでもう十分しあわせよ。だから‥あなたはあなた自身のしあわせだけを考えればいいの。気にかけてくれてありがとう」「でも‥結婚式には来てくれるよねっ!」「・・・・・・」「どうしたんだよ、母さん‥!来てくれるんだよね‥」急に無言になった母が俯いたまま呟く。「ご、ごめんなさい。わたし‥もう博多へは行けない‥どんな訳があろうと我が子を置き去りにした博多には‥。あなたを育ててくれたお母さんに合わせる顔がない。だから‥堪忍して」涙ながらに頭を下げて懇願する母を見て僕はそれ以上なんにも言えなくなってしまった。
「そうだったの‥。わかったわ、私が何とする。まかせて!」彼女が自信満々に言う。「えっ?まかせてって‥いったいどうするつもりだよ?」「これこれ、そこのお若いの。頭(ず)が、頭が高いぞよ。控えなさい。私をだれだと思うとるのじゃ」(わかるかーっ!だれだよ、いったい‥)「ん、お主、今なんか言うたか?」「いえいえ、拙者は何も‥はい」「私に何ができる‥と申したいのか?」「め、め‥滅相もござりませぬ。そのようなことは一切、はい。神に誓って思うとりまっしぇんばい」「何だ?その言い草は‥バカにしとるのか?」「とんでもござりません、決してバカになんて‥」(しとりまっしぇーん)「よろしい、祝着じゃ。これにて一件落着。あっはっはっはーっ!」「どこがやねーん!」ノリがいいと言うか‥まるでバカップル。それでも仲の良いふたりで何よりです。
しかし奇跡は起きた。「ごめんなさい。私‥なんてお詫びしていいか‥」「私こそ‥この子に対して‥」彼女の説得で実現した母と母のミラクル初対面。魔法でも使ったのか?というくらい、まったくもって恐るべき説得力だ。場所は東京の母のお店である。もちろん、僕と彼女も同席した。
「わざわざ東京まで来ていただいて申し訳ございません。本来なら私から出向いてあなたにお詫びしなければいけないのに‥。博多を捨ててこの子を置いてきた後ろめたさからどうしてもそれが出来なかった。そんな母親失格の私の代わりにこの子を立派に育ててくれて‥本当にありがとうございました」
「いいえ‥。母親失格は私の方です。私は‥私はあなたが生んだ大切なこの子に対して‥」
(うっ‥重たい‥。重すぎる)鉛のように重たい空気が辺りに充満し酸欠しそうに息苦しい。空気が重たくなると息苦しくなることを初めて知った。しかし、展開としては決して悪くない。罵り合うのではなく詫び合っているふたりの母。しかし‥この後、僕の身にとんでもないことが‥。さらに博多の母の話は続く。
「私は‥継母になった時からこの子に冷たく接してきました。弟が生まれてからは本人も気づくほどあからさまに‥。それでもこの子は弟を可愛がってくれて‥。なのに私は―それさえも快く思えなかった。それはきっと継母の醜い性。だから‥天罰が下されたのです。この子の弟が亡くなったのは私のせい‥。母親失格の私のせいです。でも、その時は悲しくて、辛くて、悔しくて‥だれでもいいから引っ叩いてやりたいと‥」
「ダーリン‥。ちょっといい?」「えっ、なに?」「こっちに来てくれる?」「どうして?」「いいからっ!」彼女の意図がまったく読めなかったけど、仕方なしに僕は博多の母の前に座った。「ありがとう、ダーリン。それじゃ、お義母さん!今よ、押さえているから、思いっきり引っ叩いて!」「な、なんでやねーん!」
まったく何て彼女だ‥。しかしこのことで場の空気は一変した。笑い泣きしながら抱き合う母と母。そして―してやったり顔で僕に微笑む彼女。(はい、はい‥。あなたにはかないませんよ。いや、待てよ。ここはひとつ僕も‥)「おい、そこの小娘よ」「えっ?私?」「そう、ドヤ顔のおまんじゃ。この度は大儀じゃったの。褒めて進ぜよう」「あらダーリン、ありがとう。ちょっと外にいいかしら‥」「これこれ、わしをだれだと思う‥」「いーからっ!そとーっ!」「は、はいっ!」仲が良いふたりで何よりですが‥。「バシっ!バシっ!」結局、引っ叩かれる羽目となった僕。くわばらくわばら。
「ところで、君のお父さんやけど‥式には‥?」東京での一件を報告するため僕と一緒に再び実家を訪れた彼女へ父が唐突に尋ねる。そう言えば‥彼女の両親はずいぶん前に離婚しており、それ以来ずっと母親と暮らしてきた彼女の口から父親の話が出てくることはなかったので僕も彼女の答えがすごく気になった。しばらく沈黙が続いたが、ついに彼女は意を決したのか実父に関することを語り始めた。
「それは‥むかーしむかしのことじゃった。父は留学先の東京で母と知り合ったそうな。(でた‥でた。今度は日本昔ばなしか?)そうして大恋愛の末に、親の反対を押し切ってとつぜん釜山へ旅立ってしもうた。そこから悲劇は始まったんじゃとさ」
つまり話の内容はこうだ。東京で知り合ったふたりは駆け落ち同然に釜山へ渡り結婚した。間もなく彼女が生まれて、しばらくは円満な家庭生活を送っていたが、いつの頃か父親が妄想に取りつかれ始めた。理由はある宗教に嵌ったことらしい。仕事もやめてしまい、ある日、母子の前から忽然と姿を消した。そして‥未だに消息不明。したがって‥連絡のしようがない彼女の父親が結婚式に来ることはない。それでも母親は正式に離婚はせずにいつの日か彼が帰ってくることを信じて娘と一緒に待ち続けているそうだ。
「お義父さん。そういうわけで行方のわからない父を式に呼ぶことは叶いません。なのでバージンロードは母と一緒に‥」彼女の目から一粒の涙が零れる。それを見た父は「そういうことか‥。わかった」それだけぽつりと言って席を立った。
「おい、ちょっといいか?」翌日、釜山へ帰る彼女を見送ったあと家に帰った僕は父に呼び止められ、リビングのソファーに座った。(僕も父に訊きたいことがある。ひょっとして東京で留学していた彼女の父親って‥)
「ん、なんか言いたそうやな‥?」「うん、父さん‥。父さんが東京にいた頃の話を聞かせてほしい」「・・・ついに‥お前に話さんといかん時が来たようやな。」そう言って父はポケットから一枚の写真を取り出しテーブルに置いた。そこに写っているのは4人の若い男女。「やっぱり‥そうだったのか。父さん‥知り合いだったんだね?彼女の父親と‥」父は黙って頷いたあと遠くを見つめながら懐かしげに語り始めた。
「それは‥むかーしむかしのことじゃった」(ドテっ。父さん‥それもういいから)
「韓国から留学してきた彼とはバイト先で親しくなってな。そのバイト先というのがあの店やった。そして当時ちょくちょく店に顔を出していた写真の女性ふたりと仲良くなり付き合いが始まったという訳だ。写っている女性がだれか?もう言わんでもわかるよな」なるほど‥そうか。これでつながったぞ。僕の中の点が一本の線になった。まさに昭和時代のベタなグループ交際‥だったんだ。
「それでだな‥」
「なに‥?」
「実は今‥彼は博多におる」
「ええーーっ!!ウソ‥ホントに?」
「ウソじゃなか。あやしい宗教から足を洗うために逃亡を図った彼は父さんば頼って博多に身を寄せて以来ずっと博多におる。母子の前から突然消えたのは身内に迷惑がかかると思ったからたい」「じゃあ、居場所知ってるの?」「ああ。彼は今、日本に帰化してある場所で韓国風の小料理屋をやっとる」「だったら‥父さんからその人に‥」「わかっとる。やけん昨日あのあと、彼におうてきたったい」「それで‥どうだったの?」「これこれ‥息子よ。わしをだれだと思うと‥」「父さん!それもういいって。で、どうだったの?!」
「バカたれーっ!いつまでぐじぐじ言いよーとやっ!」父は「今さら合わせる顔がない‥」と頑なに拒む彼女の父親を叱りつけたらしい。さらに「何のために俺がこの話をしにきたと思うとうとや。このチャンスば逃したら、お前を信じて待っとる嫁と娘の期待をずっと裏切り続けることになることがわからんとか?ピシャとせんか!ピシャっと!」と説き伏せ、出席の約束を取り付けたらしい。「父さん‥いい仕事してますね~」「そうたい、ピシャと「サ」がついとうと。この味は食べんとわからんわからん。さあご一緒に。わからんわからん」仲良しの父子で何よりです。
このことは父の提案で彼女へのサプライズ演出として式当日まで僕らだけの秘密事項となった。彼女のおどろいた顔、泣きじゃくりながら再会を喜び合う3人の家族、そして父の腕に手を添えた彼女が一歩ずつバージンロードを歩いて僕の元へ。その日が待ち遠しくてたまらない。しかし―だ。“かがやき”という予知能力がある彼女にバレてしまっては元も子もない。お~神様ヘルプ。つるかめつるかめ。
そして、いよいよ迎えた結婚式当日。父の作戦は見事に成功した。驚きと涙、笑顔と感動があふれる式も終わり、落ち着いたところで僕は彼女にそっと話しかけた。「こんな展開‥予想できた?ていうか“かがやき”で見えてた?」「ううん。全然。まさかこんな素敵な式になるなんて。みんなお義父さんのおかげだね。ところで‥ねえダーリン!あなたも、とーぜん知らなかったんでしょ~?」(あらら‥こりゃマズい展開か?)「も、も、も、もちろんさ。まさか‥こんなサプライズがあるなんて。ぜ、ぜ、ぜーんぜん‥。びっくりしたよ。もう、インド人もびっくり!」「あら、そっ。かなり動揺してるってことは知ってたのね。まあ、でも今回はいいわ。みんながハッピーになる隠しごとだったみたいだから許してあげる。それからね、ダーリン。もう私‥未来を見るの、やめたの」「えっ?!どうして‥?」
未来が見えるってことは一見、よさげだがこれほど辛いことはない。きっとそれは人の心が見えるってことも同じだ。見たくないものが見え知りたくないことを知る。それに左右されて自分を見失ってしまうとしたら‥そんな能力なんていらない。それが彼女の答えだった。
人にどう思われようが人を思いやる気持ちを忘れない。未来に何が起ころうが家族や仲間と一緒に力を合わせて乗り越えていく。それが人生というもの。それこそが与えられた命の“かがやき”。
山を登れ、地を駆けろ、海を渡れ、風に乗れ、そして空高く飛べ。もう―何も恐れることはない。迷わず立ち止まらず前へ進み新たな人生を切り開こう。かがやく未来に向かって。
こうして命の“かがやき”に満たされたふたりはいつまでも仲良く暮らしましたとさ。おしまい。めでたしめでたし。
祝い目出度の若松様よ 若松様よ
枝も栄ゆりゃ葉もしゅげる
エーイーショウエ エーイショウエー
ショウエイ ショウエイ ションガネ
アレワイサソ エサソエー ショーンガネー
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