園長の本棚

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「ギター園長」
2022.04.23
~ギター園長~

その部屋に通された僕を圧倒したのはギターだった。壁にかけてあるものもあればスタンドで床に鎮座しているものもある。その数はざっと数えて30本を超えていた。「ここはギターショップかっ?!」と思わず突っ込みを入れたくなるほど無数のギターに囲まれた部屋は僕の担当保護司が園長を務める幼稚園の園長室だった。

「ゴツン!」

4人掛けの小さなテーブルの椅子に座り少し伸びをする姿勢で背中を反らすと後ろにある壁掛けのギターで後頭部を打った。「気をつけてくれよ」部屋に入ってきた園長にそう言われて「すみません」とひとまず詫びたが「気をつけるのはギターの置き場所じゃないか?」と思ったのが本音だ。

看護師をしている母と二人暮らしの僕は高校生活にどうしても馴染めず3年生になる前に中退してしまう。その後、忙しい母に干渉されることもなくバイト以外は家でゲームばかりして過ごしていたある日、新しく発売されたゲームがどうしても欲しくてバイト先のレジからお金をくすねたことが発覚し保護観察処分となった。観察所に出頭し観察主任官からあらためて処分決定の通知を受け担当保護司と初めて会ったのが今日だ。

「お母さん、忙しいんだね。たくさんの人を守らなきゃいけないからね」保護司さんはそう切り出した後に「守る人がいるって、いいことなんだよね」と続けた。頭の中が「???」だらけになった僕が「どういう意味ですか?」と小さな声で尋ねると優しい目でこう答えてくれた。「守る人がいるということは、ひとりぼっちじゃないんだ」「だから、人は守る人がいれば強くなれるし、優しくもなれるんだよ」

僕の頭に思わず母の顔が浮かんだ。そのタイミングを待っていたかのように「調書を見ると君はゲームが好きなようだが、ゲームで喜びを感じる時はどんな時だね?」と聞かれ「敵の大将をやっつけた時‥」と答えた。さらに質問は続く。「どうして、敵をやっつけるんだい?」「じ、じぶんがやられてしまうから‥」「そうか、自分か‥。じゃあ、もし、誰かを守るために敵と戦ったとしたらどうだい?その誰かのためにも戦えるかい?」「はい、そんなゲームもあります‥」「うん、それが守るってことだ」今度は少し真剣な眼差しで言葉を続けた。

「守る人がいないって寂しいことなんだよ。ここにあるギターはね、持ち主に守ってもらえなくて売られたり捨てられたりしたギターなんだ」「世の中にはいろんな楽器があるけど‥ギターだけはしっかり胸に抱きしめないと弾けないし人に守られ抱きしめてもらわないとメロディを奏でることができない楽器なんだ」「だから、持ち主に守ってもらえなかった傷ついたギターを私が代わりに守ってあげたい、抱きしめてあげたい。そう思ったら‥こんなにたくさんのギターになってしまった」

「人は大切なものがあれば、必ず守りたいと思う。だから、守りたいものがないってことは大切なものもないってこと」「わたしにとって大切なもの。それがここのギターだとしたら、君にとって大切なものは何だろう?それを見つけることが出来たら強くもなれるし優しくもなれる。そして、今まで気づかなかった自分に気づくことが出来る」「守るって大変なことだけど人は誰かに守ってもらわないと生きていけない」「だから、守る人がいるって、とてもしあわせなんだ」

帰りに一本のギターをもらった僕はこの日から担当保護司さんのことをギター園長と呼ぶことにした。今日もそのギターを練習しながら母の帰りを待つ。「誰かを守る。何かを守る。それが自分を守ることにもなる。それに気づくことが大切だ」と教えてくれたギター園長は母とギターと同じく今の僕の心の支えになっている。
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